分かってもらいたかったのか、分からせたかったのか|その奥にあった本当の感覚
「分かってもらえないのがつらい」
そう感じたとき、なぜこんなにも引っかかるのかを、ずっと考えていました。
自分のことを話しても、うまく伝わらなかったり、軽く流されたりする。
それだけのことのはずなのに、なぜかその場で終わらず、あとにも残る。
単に「伝わらなかった」というよりも、もう少し違う何かがあるような気がしています。
本当に「分かってもらいたかった」のか
最近になって、少し違う見方が出てきました。
自分は本当に「分かってもらいたかった」のか。
それとも、
→ 自分のやってきたことの凄さを、分からせたかったのか
少し後者に近かったのかもしれません。
伝わらなかった理由
自分がやってきたことは、
言葉だけで簡単に伝わるものではないと分かっています。
例えば、ライブでの演奏。
自分の中では、それに人生のかなりの時間を使ってきた感覚があります。
その場の空気や、音の圧、体に響く感覚。
そういうものは、実際にその場にいないと分からない。
でも今は、その体験を見せることができない。
だから言葉で伝えるしかない。
ただ、その言葉ではどうしてもズレてしまう。
例えば、過去に真剣に取り組んできたことを話したときのことです。
自分の中では、それはただの趣味や遊びではなく、自分なりに本気で向き合ってきたものです。
簡単に言葉にできるようなものではないと思いながら、それでも言葉にして伝えようとする。
ただ、その話に対して、
軽く笑われたり、冗談のように扱われたりすることがあります。
「好きなことやってただけでしょ」
そんなニュアンスで受け取られてしまうこともある。
話している側からすると、
それは単に“好きなことをやっていた”という感覚ではありません。
他のものを削ってでも続けてきた時間であり、
自分なりに選んできた積み重ねでもある。
だからこそ、
→ その前提ごと軽く扱われたように感じたとき、強く引っかかる
そういう感覚が残ります。
そのときに出てくる感情は、
単なる「分かってもらえなかった」というよりも、
→ 自分の中にあるものが、まったく別のものとして扱われてしまった違和感
に近いのかもしれません。
相手との前提の違い
さらに考えてみると、もう一つズレがありました。
それは、
→ 相手がそもそもその分野に関心があるかどうか
という前提です。
例えば、メジャーリーグの先発ピッチャーが1試合で100球以上投げたときの辛さ。
それを本当に理解できるのは、同じような経験をした人だけだと思います。
関心や前提が違えば、そこにある感覚も共有されにくい。
それにもかかわらず、自分は
→ 関心のない相手に対して、分からせようとしていた
そう考えると、伝わらなかったのも無理はないのかもしれません。
苦しさの正体
「分かってもらえない」と感じていた苦しさは、
→ 自分の中にあるものが軽く扱われた感覚
でもありましたが、
同時に、
→ 分からせようとしていたことが、うまくいかなかった苦しさ
でもあったのだと思います。
本当は何を求めていたのか
ここまで考えていく中で、もう一つ気づいたことがあります。
自分は「分からせたかった」と書きましたが、
本当はもう少し違っていたのかもしれません。
分からせたかったというより、
→ 自分が本気でやってきた覚悟や体験そのものを、そのままのレベルで受け取ってほしかった
ただそれだけだったのだと思います。
威張りたかったわけではありません。
ただ純粋に、
→ 「すごいな」と思ってほしかった
それだけだったのかもしれません。
だからこそ、それが軽く扱われたように感じたとき、
強く引っかかってしまった。
そう考えると、
「分からせたかった」という言葉の中にも、
→ 本当は認めてほしかった
という感覚が含まれていたのだと思います。
どう向き合えばいいのか
ここで一つ考え方として出てきたのは、
→ 向ける相手を考える
ということです。
すべての人に伝わる前提を置かない、ということでもあるのかもしれません。
誰にでも伝わるわけではない。
そもそも関心がなければ、伝わりにくいのは自然です。
だから、
→ 分かる可能性がある相手にだけ伝える
という選択もあるのかもしれません。
同時に、
→ すべてを分かってもらおうとしない
ということも必要なのだと思います。
最後に
「分かってもらえない」と感じるとき、
それは単に伝わらなかっただけではなく、
→ 分かってもらいたかったのか
→ それとも分からせたかったのか
この違いも関係しているのかもしれません。
そしてその奥には、
→ 認めてほしかった
という感覚があったのだと思います。
まだはっきりとした答えが出ているわけではありません。
ただ、自分の中では、
少し見え方が変わってきた気がしています。
「分かってもらえない」と感じる理由そのものについては、こちらの記事で整理しています。



