「もっと早く気づけなかったのか」
そう思うことがあります。

なぜ自分はこんなにも遠回りしてしまったのか。

今のやり方にたどり着くまでに、
ずいぶん時間がかかってしまった。

もっと早く自分のことを理解できていれば、
違う選択もできたんじゃないかと考えることもあります。


これまでを振り返ると、

頑張っていなかったわけではありません。

むしろ、かなり本気でやってきたと思っています。

音楽もそうでした。

生活のことも考えずに、
ただそれだけに時間を使っていた時期もあります。

それでも、うまくいかなかった。

なぜなのか。

ずっと分からなかったのですが、
今なら、その理由が少しだけ分かる気がしています。


それは、

→ 自分をうまく使えていなかったから

だと思っています。


当時の自分は、

どこかでずっと、自分を抑えていました。

言いたいことをそのまま出せない。

違和感があっても、飲み込んでしまう。

本当は離れた方がいいと感じていても、
関係を続けてしまう。

そういう状態のまま、
何かを成し遂げようとしていました。


今思えば、

かなり無理のある状態だったと思います。


自分を押し殺したままでは、
どれだけ頑張っても、どこかで崩れる。

実際、そうなりました。

バンドが終わったとき、

ただ活動が終わったというよりも、

→ 自分の土台ごと崩れたような感覚

がありました。


そのとき初めて、

自分が一番怖がっていたのは

「一人になること」だったんだと気づきました。


だからこそ、

関係にしがみついていたし、
自分を押し殺してでも、その場に居続けていた。

でも結果的に、

その状態が一番自分を苦しめていた。

そこから離れて、
一人になることを自分で選んだとき、

ようやく少しだけ楽になりました。


正直に言えば、

最初はかなりしんどかったです。

でも、

→ 自分で選んだ孤独は、思っていたよりも耐えられる

ということも分かりました。


そこから少しずつ、

自分のことを見れるようになってきた気がします。

自分はどういうときに無理をするのか。

何を怖がっているのか。

どういう環境なら動きやすいのか。

そういうことを、やっと考えられるようになりました。


遠回りしたように感じるのは、

たぶん、この部分に気づくまでに時間がかかったからです。

でも逆に言えば、

→ ここに気づけなかったら、また同じことを繰り返していた

とも思っています。

今は、前みたいに無理をして何かを続けるのではなく、

→ 自分に合う形で続けること

を意識しています。

遠回りに見えるかもしれませんが、

自分にとっては、これが一番現実的で、
一番崩れにくいやり方です。


あのときの失敗がなければ、

ここにはたどり着いていなかったと思います。

つまり、
→ 自分に合わない状態のまま、無理に続けていたこと
これが遠回りになっていたのだと思います。

そう考えると、
時間がかかったことにも、意味はあったのかもしれません。

少なくとも、
今の自分が同じやり方に戻らないためには、
必要な遠回りだったのだと思っています。

忍者

ここまで考えてきた中で、それでも今の自分のままで、何かを外に出していいのかという迷いもありました。

そのことについては、こちらの記事で触れています。

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