「まだ自分は何も成し遂げていないのに、誰かに何かを伝えていいのだろうか」

そんなふうに感じたことはありませんか。

自分の中で整理できていないこともあるし、
正直に言えば、今も悩んでいることはたくさんある。

それなのに、誰かに向けて言葉を発することに、どこか引っかかりを感じる。


自分もそうでした。

生きづらさを感じながら、
うまく社会に馴染めない感覚をずっと抱えてきました。

人と比べてしまうこともあるし、
自分の収入や立場にコンプレックスを感じることもある。

世間一般でいう「ちゃんとした人」と比べて、
自分は何もできていないんじゃないかと思うこともありました。


それでも、ひとつだけ思うことがあります。

同じように苦しんでいる人に対して、

「こうすればいい」とは言えないけど、
「こうやって考えている途中の人間もいる」とは言えるんじゃないか。


完璧な答えは持っていません。
むしろ、自分自身もまだ途中です。

それは分かっています。

でも同時に、

→ 完璧ではない状態だからこそ、見えていることもあるのではないか

とも感じています。


完全にうまくいっている人の言葉は、正しいことが多いです。

でも、その分どこか遠く感じることもあります。

一方で、

同じように悩んでいる人の言葉は、
綺麗ではないかもしれないけど、距離が近い。

自分は今、

→ 「教える側」ではなく「並んでいる側」

でいたいと思っています。

上から何かを伝えるのではなく、

同じように迷っている中で、

「自分はこう考えている」

「こういうやり方で生きている」

それをそのまま出していく。

それでいいんじゃないかと、少しずつ思えるようになってきました。


正直に言えば、

今でも「これでいいのか」と思うことはたくさんあります。

でも、

→ 完全に整理できる日を待っていたら、たぶん何も発信できない

とも感じています。

私と同じように、
何かを発信したいけど、自分は何者でもないと感じている人や、

人前で何かをやりたいけど、まだ自信が持てない人がいるとしたら、

やってみてもいいのではないか、とも思います。

だから今私は、

まとまりきっていない状態も含めて、
そのまま出していこうと思っています。


もし同じように、

生きづらさを感じていたり、
自分の立ち位置に悩んでいる人がいたら、

私のように「こういう状態でも、未完成な状態でも、なんとかやっている人間がいる」

それだけでも、少し伝わればいいと思っています。

解決していなくてもいい。

途中のままでもいい。

それでも、

自分の中にあるものを、無かったことにしないで、そのまま持って生きていく。

今は、それで十分だと思っています。

つまり、
→ うまくいっていない状態でも、そのまま伝えていい

私はそう思っています。

忍者

ここまで書いてきたことは、自分の中でずっと燻っていた過去を、少しずつ外に出していく中で感じてきたことでもあります。

そうした経験を通して、過去の見え方がどう変わってきたのかについては、
こちらの記事にまとめています。

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