自分が夢を失い、不安定だった時期に、関わってくれていた友人がいました。

今後の生き方や仕事を探している状況だったこともあり、その友人の店を手伝いに行ったことがあります。
そのことがきっかけで、自分はその店で働くことになりました。

「一緒に仕事をしよう」

ずっと頑張ってきた夢を失い、世界のすべてから自分の存在すら否定されているような気持ちになっていた当時の自分にとって、その言葉は救いのようにも感じていました。

過去の失敗。
人間関係の崩壊。

自分の中でも、まだ整理できていないものが多く、精神的にもかなり不安定だった時期でした。

それでも、「ここからやり直せるかもしれない」と思い、その友人の店で働くことを決めました。

住む場所まで変えました。
近所に引っ越し、今後も一緒に運営していくような話もしていました。

でも、実際にその環境に入ってから、自分は少しずつ壊れていきました。

今振り返ると、苦しかったのは仕事そのものだけではなかった気がしています。

弱っている時、人は「居場所」にすがりやすい

今思うのは、
自分は当時、“仕事”を探していたというより、“居場所”を探していたのだと思います。

大きく何かを失った後って、判断力もかなり落ちます。

当時の自分は、自分の存在意義すら見失っていました。
これからどう生きていけばいいのか、かなり焦っていたと思います。

なんとか状況を立て直さなければいけない。
でも、心理的にはかなり苦しい状態でもある。

そんな時って、冷静に相手を見るより、
「ここならやり直せるかもしれない」という気持ちの方が強くなってしまう。

しかも、その相手は友人でした。

だからこそ、自分は疑わなかった部分もあったのだと思います。

友人関係に上下関係が混ざり始めた

でも、実際に働き始めてから、少しずつ感覚がおかしくなっていきました。

元々は友人関係だったはずなのに、
そこに「雇う側・雇われる側」という構造が入ったことで、空気が変わっていった。

しかも、自分は住む場所まで相手のコネで決めていました。

仕事も、住環境も、人間関係も繋がっている。

そうなると、対等だったはずの関係が、少しずつ上下関係に変わっていく感覚がありました。

今思うと、自分は「友人関係」と「仕事関係」が混ざることで起きる変化を、あまり深く考えられていなかったのだと思います。

そして、その認識の甘さを、自分はかなり苦しい形で思い知ることになりました。

そもそも、自分が「友人」だと感じる理由の一つには、対等性があるのだと思います。

冗談を言い合える。
少し馬鹿にしたことを言っても笑い合える。
くだらない話を、ずっとしていられる。

そういう関係には、対等性があります。

でも、「雇う・雇われる」という関係が入ることで、そのバランスが少しずつ崩れていく。

どちらかが指示を出し、どちらかが指示を受ける。

すると、今まで笑えていたことが、段々と笑えなくなっていくんです。

相手側にも、
「雇ってやっている」
という感覚が少しずつ出てくる。

でも、こちら側にも、
「自分はちゃんと仕事をしている」
という感覚がある。

だからこそ、少しずつ不満や軋轢が生まれていく。

ただ、楽しく過ごした思い出もある。

友人だった時間も本当にあった。

だからこそ、本心で嫌だと感じる部分を、なかなか切り出すことができませんでした。

関係が壊れてしまうことが、分かっていたからです。

壊れる時、人は「説明すれば分かってもらえる」と思ってしまう

友人関係に上下関係が生じたことで、お互いに少しずつ不満が生まれ、関係性は次第にギクシャクしたものになっていきました。

後からその職場に入る形になったこちらが、一方的に我慢を強いられるように感じる場面も何度もありました。

もちろん、一般社会で考えれば、それ自体は珍しいことではないのかもしれません。

ただ、元々は友人関係だったことが、自分の中ではかなり大きかった。

対等だったはずの関係性が、少しずつ上書きされていく。

その過程の中で、自分の本心や感情が押さえつけられているような、屈辱に近い苦しさを感じる場面が増えていきました。

そして、精神的にかなり限界になった時、自分は正直に説明しました。

過去のこと。
メンタルの状態。
今かなり苦しいということ。

でも、その説明はうまく伝わりませんでした。

むしろ、そこから関係はさらに悪化していったように思います。

相手からすると、「やる」と約束したことを果たしていない。
その感覚が強かったのだと思います。

こちらも、そのことは理解していました。

ただ、自分の本心や気持ちを抑圧したまま、この先も生活し続けることを想像すると、未来が苦痛に満ちたものにしか感じられなくなっていました。

そして、自分はそのことを、とても危険だと感じていました。

このままでは、本当に壊れてしまう。

そう感じたからこそ、自分はその場を離れる決断をしました。

相手からすれば、「逃げた」という認識になるのは当然だと思います。

今思うのは、人は苦しみを説明すれば、必ず理解してもらえるわけではない、ということです。

もちろん、理解しようとしてくれる人もいます。

でも、関係性によっては、弱さを見せた瞬間に、さらに強く押し込まれてしまうこともある。

あの時の自分は、

「説明すれば分かってもらえる」

と、どこかで信じていたのかもしれません。

忍者

人は、本気でやってきたことや苦しみほど、うまく伝わらないことがあります。

誰にも理解されなかった過去を、それでも抱えて生きていくということ誰にも信じてもらえなかった経験はありますか?バンド活動での実体験をもとに、理解されなかった過去とどう向き合うかを語ります。たとえ理解されなくても、あなたの中にある事実は消えません。...

離れることは、逃げではなかったのかもしれない

何度自分の気持ちを説明しても、理解が得られず、関係は少しずつ一方的に責められるような形になっていきました。

そして最終的に、自分の中では、その友人との関係から離れることしか考えられなくなっていました。

もちろん、不本意な結果でした。

相手が自分に期待してくれていたことも分かっていたし、結果的にその期待に応えられなかった自分の責任についても、理解しているつもりです。

自分がその場を去ることで、相手に迷惑をかけることになることも、信頼を裏切る形になることも分かっていました。

辛いのは、自分だけじゃない。
相手にも相手の気持ちがある。

だからこそ、当時は強い罪悪感もありました。

本当にこれで良かったのか。
自分は裏切ったのではないか。
結局、逃げただけではないのか。

そう考えることも何度もありました。

それでも最終的に、自分はその場所を離れました。

かなり急でした。
住んでいた部屋も引き払い、その友人との関係も切りました。

でも今振り返ると、あの時の自分には、“離れる”という選択が必要だったのだと思います。

世の中では、

  • 続けること
  • 我慢すること
  • 恩を返すこと

が正しさとして語られやすい。

でも実際には、壊れる前に離れなければいけない関係もある。

あの経験を通して、自分はそれを強く感じました。

まとめ

今でも、あの時のことを思い出すと苦しくなることがあります。

完全に整理できたとは、まだ言えません。

ただ一つ思うのは、人は弱っている時ほど、「救ってくれそうな関係」に強く引っ張られることがある、ということです。

そして、「友人関係」と「仕事関係」が混ざることで、関係性が大きく変化してしまうこともある。

忍者

今振り返ると、自分はかなり弱った状態のまま“居場所”を求めるようにその環境へ入っていったのだと思います。

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もちろん、友人同士でうまく仕事をしている人たちもいます。

でも少なくとも自分は、その難しさを甘く見ていました。

対等だったはずの関係が変わっていくこと。
本音が言えなくなっていくこと。
我慢を続けることで、自分自身が少しずつ壊れていくこと。

あの経験を通して、自分はそれをかなり痛感しました。

もし今、似たような状況の中で苦しんでいる人がいるなら。

続けることだけが正しさではないのかもしれません。

壊れる前に離れること。
自分を守るために距離を取ること。

それも、生きていく上では必要な選択なのだと思います。

忍者

もしかすると、誰かと繋がり続けることだけが、生きることではないのかもしれません。

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