「誰にも信じてもらえなかった経験」はありますか。

自分の中では確かにあった出来事で、確かに感じたことなのに、

それを誰かに話したときに、軽く流されてしまう。

信じてもらえない。

「はいはい」

そんな一言で終わらされてしまう。

その返答はただの受け流しではなく、むしろ、

自分の中にある事実のレベルを、その事実よりも低いレベルでしか認識してもらえない。

そういう扱いを受けた感覚でした。

あの瞬間の感覚は、なかなか消えるものではありません。


僕には、バンド活動をしていた時期があります。

その中で経験してきたことは、自分にとっては壮絶な経験であり、

今振り返っても簡単に言葉にできるものではありません。

自分が体験した壮絶な事実を誰かに理解してもらいたいと強く思っていた当時では、なおさら、うまく伝えることができませんでした。

それでも、どうにか伝えたくて、
身近な人たちに話したことがあります。

でも、返ってきたのは、

「はいはい」

という、あまりにも軽く冷たい反応でした。


正直に言うと、かなりショックでした。

ただ理解されなかった、というよりも、

自分の中にあるものを、そのまま否定されたような感覚

に近かったです。

それからも、似たような経験は何度もありました。

信じてもらえないし、分かってもらえない。

最後には、

「お前が悪い」

「お前が弱いからうまくいかなかったんだ」

このようなことを言われることが度々ありました。


それでも、ひとつだけ確信していることがあります。

それは、

自分が体験してきたことは、確かに事実だったということです。

当時の自分にとって、その事実を伝える唯一の手段は「演奏」でした。

言葉では伝わらなくても、自分がステージの上でドラムを叩けば伝わる。

自分達が死に物狂いでやってきたバンド演奏をすれば、自分達の中にある事実を体感してもらえる。

空気が変わる。

観ている人の表情が変わる。

説明なんていらない。

ただ体感してもらえれば、それで終わる。

これまで自分達が人知れず積み重ねた努力や、体験してきた事実を受け取ってもらうことができる。

そういう瞬間を、何度も経験してきました。

だからこそ、バンドがなくなったとき、ただ活動の場を失ったというよりも、

「自分の中の事実を証明する手段」を失った感覚がありました。

そして、僕はそこから一気に崩れてしまいました。


ここまで読んでくれた人の中には、

「自分も似た経験がある」と感じている人もいるかもしれません。

誰にも分かってもらえなかったこと。

軽く扱われてしまったこと。

なかったことにされそうになった記憶。

そういうものを抱えている人は、少なくないと思います。

でも、ひとつだけ伝えたいことがあります。

たとえ、すべての人に理解されなくても、あなたの中にある体験や事実は消えない

ということです。

どれだけ軽く扱われたとしても、

誰にも信じてもらえなかったとしても、

あなたが体験してきた事実が無かったことになるわけではありません。

そしてそれは、

自分の中で、静かに抱えて生きていけばいいものだと思っています。

自分だけは、それを無かったことにしなくていい。

そう思っています。

無理に証明しなくてもいい。

分かってもらおうとし続けなくてもいい。

ただ、自分だけは、それを無かったことにしなくていい。

もし今、誰にも理解されない苦しさの中にいるなら、

その体験は、消さなくていいものだと思います。

誰にも見えなくても、誰にも分からなくても、それでも、

あなたの中にあるものは、ちゃんと残っている。

それでいいと、僕は思っています。